岡山地方裁判所 平成8年(行ウ)1号 判決 1999年3月24日
原告
鵜川克己(X1)
同
武元正徳(X2)
同
磯野兼治郎(X3)
同
永田康二(X4)
右四名訴訟代理人弁護士
水谷賢
被告(吉永町長)
北川禎昭(Y)
右訴訟代理人弁護士
森脇正
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、岡山県和気郡吉永町(以下「町」という。)に対し、金一九二万一五〇〇円及びこれに対する平成八年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告らは、町の住民である。
(二) 被告は、地方公共団体である町の町長の職にあって、地方自治法に基づき、町の事務を管理執行する者である。
2 公金支出
被告は、平成七年四月一日から平成八年一月末日まで、吉永町区長等設置条例(昭和二九年三月三一日条例第二三号、平成八年三月一一日改正前のもの、以下「区長設置条例」という。)八条一項に基づき、町区長一四名、同区長代理者一七名(以下併せて「区長ら」という。)計三一名に対して、特別職の職員で非常勤の者の報酬及び費用弁償に関する条例(昭和三一年九月二五日条例第一三号、以下「報酬条例」という。)一条別表第一に従い、報酬及び費用弁償として合計一九二万一五〇〇円を支払った(以下「本件公金支出」という。)。
3 本件公金支出の違法性
本件公金支出は次の理由により違法である。
(一) 地方自治法二五二条の二〇第一項三項違反
地方自治法二五二条の二〇第一項は、その反対解釈から同法二五二条の一九第一項の指定都市(以下「指定都市」という。)以外の市町村には区の設置を禁止しているものと解釈すべきものであり、条例実例上もそのように解釈されているのに、区長設置条例二条は右規定に反して、町に一四の区を設置し、また、同法二五二条の二〇第三項に反して、各区に区長らを置くことを規定している(以下「本件区長制度」という。)。
(二) 憲法九二条違反
憲法九二条は、地方自治の本旨に基づいて、原則として市町村より小さな行政単位の地方公共団体を設けることを予定していないのに、区長設置条例二条が町内に最小の行政単位として区を設けているのは憲法九二条に違反している。
(三) したがって、区長設置条例上の区の設置は、憲法及び地方自治法の規定に違反しており、区長らに対する本件公金支出も違法である。
4 監査請求
原告らは、平成七年一一月一〇日、右3の事実につき、町監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、既払分の報酬及び費用弁償の返還等の必要な措置を求めて監査請求を行い、町監査委員は、同年一二月二〇日、右監査請求について理由がないとの判断を下したが、原告らは右判断には不服がある。
5 よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に従い、町に代位して、不法行為による損害賠償請求権もしくは不当利得返還請求権に基づき、被告に対し、一九二万一五〇〇円及びこれに対する不法行為もしくは不当利得後の日である平成八年一月二八日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2は認める。
2 同3は否認する。
4 同4は認める。
三 被告の主張
1 原告らは、区長設置条例二条の規定が地方自治法二五二条の二〇第一項、三項及び憲法九二条にそれぞれ違反していると主張し、その理由(具体的には「報酬条例」に基づく本件公金支出の違法性)として地方自治法二五二条の二〇第一項、三項の立法趣旨に反していること、行政実例にも反していることなどを挙げているが、右主張は失当である。
(一) 地方自治法二五二条の二〇第一項は単に指定都市の組織上の特例である区について規定したものにすぎず、区の機能や法的性格については特に触れていない。したがって、同項の反対解釈として原告ら主張のように解釈することは著しく困難であるが、仮に右解釈自体は誤りではないとしても、本件に右解釈を当てはめるとすれば、区長設置条例上の区が、同項にいう区と同内容のものであることを確定する必要がある。
しかし、両者は、その成立背景や本質から見て全く異質なものである。すなわち、同項にいう指定都市の区は指定都市のうち市長の権限に属する事務を分掌させるために設けられたものであり、その構成内容(事務所位置、所管区域を条例で定めること、選挙管理委員会の設置等)が定められているのである。したがって、指定都市の区は、いわゆる行政区の性質を有するものであり、この行政区は指定都市に限って設けることができるのであり、市長の権限に属する事務を分掌させるために区域を分けて区を設け、区長その他の機関を置いているのである。市長の権限に属する事務の中には、児童福祉に関する事務、伝染病予防に関する事務、都市計画に関する事務等一定の事務を処理し又は管理し、及び執行することができる権能を含む(同法二五二条の一九)のであり、これは一定の範囲で指定都市の区に住民の権利義務を創設する権能を認め、各種自治権も認めることになり、そのことからすると、指定都市の区は、広範な事務を分掌する権能を持った一種の統治団体又は権力団体というべきものである。
(二) 議会運営質疑応答集には、「憲法第九二条からして、名称のいかんを問わず、条例または規則をもって住民が当然参加すべき統治機構を設けることは許されない。」との回答が載せられているが、同回答中の「住民が当然参加すべき統治機構」というのは、まさしく指定都市の区のような法的性質を有する行政区を指称するものである。また、右回答を求めた質問の趣意も「行政区の設置」を前提としたものである。したがって、法律に基づかずに条例または規則で右のような権能を有する行政区を創設することは明らかに地方自治法及び憲法に違反するものといわなければならない。
(三) しかしながら、区長設置条例上の区は、指定都市の区のように統治団体又は権力団体としての権能を有していない。
(1) 区長設置条例と地方自治法二五二条の二〇の規定内容とを対置して見ると、区長設置条例では、「公区の設置」の規定はないこと、区自体が統治の機能を備えていないこと、したがって、区長の権限はおろか町民(住民)の権利義務の創設規定は何ら置かれていないこと、区長らの任免権は町長にはなく、区長らの職務は一種の努力目標とされており、具体的な業務遂行上の手続を定めた規定もないこと等の点で同条の規定と明らかに相違している。このように区長設置条例上の区は、行政区としての性格をおよそ持っていないといわなければならない。因みにその実体は次のとおりである。
すなわち、各地区によって時期が異なるものの、毎年一月か三月に地区総会が開かれ、その場でそれぞれ役員が選出される。例を南方地区(小字四集落早子、本村、新田、柏原)に求めると、南方区長一人、区長代理者二人、会計二人が選任(推薦)され、区長及び区長代理者の三名が町の主催する会議に出席することができる。会計の下にそれぞれの小字集落から四から五人の評議員が選出され、南方地区全体の役員を構成している。また、それぞれの集落でも当該集落のみの役員として区長、会計及び水利委員が選出される。
(2) 区長の職務としては、南方地区全体の代表者及び総会、評議員会等諸行事の責任者となり、町が施行する工事等に対する要望を取りまとめ、町主催の区長会へ出席し、区の意見を述べることなどが挙げられ、そこに町民(住民)に対する統治ないし権利義務の創設という概念を容れる余地はない。
(四) 原告らは、右に関連して、町の合計一四の区の区長と区長代理者で吉永町区長協議会なる組織が結成されており、その活動の一部が町行政に与しているとの認識から町行政の影響力を懸念している旨主張する。
しかし、区長会は、町が年一、二回招集する会議体の名称であり、また、区長協議会は、区長会の任意組織で、相互に各地区の事例や意見の交換、先進地等の研修を実施している。しかし、原告ら主張の区長協議会の議会解散リコール請求の署名活動などは町とは無関係であり、区長協議会の任意活動である。
なお、原告らは、町行政に重大な影響力を行使する団体が存在すること自体に批判的であるが、仮にそうであれば、批判の対象は区長協議会に限られないし、町行政に対する建設的な影響力行使及びこれに対する批判は、行政遂行上むしろ不可欠である。
原告らは、区長の意思に背く意見を述べると村八分となるなどと主張しているが、意見を異にしてもそれを表明する場は十分保障されているのであり、原告らの意見が受け入れられなかったとすれば、それは説得力に欠けるからとしかいいようがない。原告らの中からも毎年のように要望書が出され、町はそれらに回答し、また採用しているのが現実である。また、区長が本来の任務に背く行動をとるときは、その選任を解けばよいだけのことである。
(五) さらに、原告らは、区長設置条例上、区長の職務がもともと「町長の協力者としての職務」とされていることから、町長に批判的な意見を持つ住民の意見は区長に取り上げられず、本件区長制度は町長支持の公的機関として機能しているのが実体であると主張する。
右主張は、本訴を提起した原告らの政治的立場を鮮明にしたものである。もっとも、そのこと自体については被告は全く批判する立場にはない。区長設置条例が、区長の職務を「町長の協力者としての職務」としていることを原告ら主張のように重視したとしても、区長が全て町長の町行政遂行の協力者の立場でないことは当然である。仮に区長が全て町長の協力者であるとすれば、区長会などで区長から町行政に対する批判等は一切出ないはずであるが、事実はそれと異なる。町長はそれら批判も含めた各種意見を取捨選択した上で町行政に生かすのであり、一旦決定した町行政についてはそれへの協力を努力目標として設置し、個々の町行政遂行に協力したとしても、それは政治的にも町長支持の公的機関とはいえない。因みに、区長の実質的な任免権は、区の総会にあるのであり、町長は被推薦者の中からこれを委嘱するにすぎない。本件区長制度は町政の円滑な運営を推進していくためのものであって(区長設置条例二条)、政治的意見の対立の場として機能することは当初から予定されてはいない。
2(一) 地方自治法二五二条の二〇は、元々従来の隣組、町内会及び部落会等の住民組織が大政翼賛会と緊密な関係を持った戦時機関であり、それら住民組織により、戦時中個人生活に様々な干渉がなされたことに対する反省などから、その法的地位を廃止して従来の区長制を否定することにその立法趣旨があるが、その点から区長設置条例の違憲性や違法性を問うためには、同条例上の区がそのようにして廃止された従来の区長制と同一か、もしくは重要な点で類似性があるかの点についての検討が不可欠である。
(二) 右に述べたように従来の区長制は、大政翼賛会とも緊密な関係を持った戦時機関であったことに大きな難点があったが、区長設置条例上の区制度(本件区長制度)は、政治的にも、社会的にも全くその背景事情を異にするものである。また、従来の住民組織が戦時中個人生活に様々な干渉をしていたのは事実であり、これが個人の人権を脅かしていたことも事実であるが、区長設置条例上の区制度にはそのような不都合が生じる余地は制度的になく、そのような不都合が生じた実績もない。
してみると、区長設置条例は、地方自治法の立法趣旨に明白に反しているとは到底いえず、むしろこれを体現しているものといえる。
(三) ここで、吉永町村おこし推進事業補助金交付規則二条を見ると、区が事業主体となる補助金の対象は、社会福祉、社会教育、地域振興及び社会開発等まさに地域コミュニテイ活動である。地域コミュニティ活動自体は、逐次全国各地に拡大されつつあり、その活動の内容も社会教育、文化活動、児童・老人等の福祉、地域の保健衛生、防火防災、スポーツ、祭礼、レクリエーション、防犯、交通安全、地域情報の提供等多方面にわたっている。地域コミュニティ活動(これ自体は住民の福祉向上や生活向上に極めて有益な制度である。)を可及的に円滑に進めていく趣旨で法技術的な配慮をしながら制定されたのが区長設置条例である。同条例は、平成八年三月一一日に改正されたが、改正にあたっては、右の趣旨を更に一歩進め、区(地区)長の設置目的を「コミュニティ活動の促進」と位置付け(二条)、また、地区長は従来の町長の協力者から町に協力するものへと改められている(四条)。
したがって、区長設置条例の目的が「コミュニティ活動の促進」である限り、およそ地区割としての区を条例で確認したとしても、その区の実体が地方自治法二五二条の二〇の行政区と根本的に異なった概念である限り、しかも実際にもそのようなものである限り、同条例自体が地方自治法二五二条の二〇に違反するとは到底いえない。
議会運営質疑応答集でも「近時、コミュニティ(近隣社会)の重要性が再び認識されてきたが、自主的・任意的組織であって、統治組織として考えられているのではない」とわざわざ指摘されている。現在の地区を単位とする種々のコミュニティ活動(これ自体が違法でないのは当然である。)の母体を立法技術的に条例という形式で認めたとしても、それは単に必要性の有無の問題が生じるだけであり、必要性を欠けば当該条例を廃止すれば足りることであって、違憲、違法の問題とは次元が異なる。
3 区長設置条例と憲法九二条違反について
原告らは、区長設置条例上の区は憲法九二条の立法趣旨に反すると主張するが、右主張は失当である。
憲法九二条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」と規定している。原告らの主張が憲法解釈としてその根拠を持っているとすれば、区長設置条例上の区は地方公共団体であるにもかかわらず条例で定められていることに求めざるを得ないが、右違憲性の有無を考えるためには、区長設置条例上の区が憲法九二条にいう「地方公共団体」に該当するか否かを検討するのみで十分結論は得られる。
最高裁昭和三八年三月二七日大法廷判決(刑集一七巻二号一二一頁)は、憲法九三条二項にいう地方公共団体といい得るためには「単に法律で地方公共団体として取り扱われているということだけでは足りず、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもっているという社会的基盤が存在し、沿革的にみても、また現実の行政の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能を附与された地域団体であることを必要とするものというべきである。」と判示している。
区長設置条例上の区が、右要件を充足しないことは「相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能」すらもっていないことのみからも歴然としている。
したがって、区長設置条例はいかなる意味においても違憲、違法であるとはいえない。
4 前記改正条例は、平成八年四月一日から施行されたのであるが、前述したところによれば、改正前の区長設置条例も違憲、違法であるとまでは到底いえず、同条例に基づく本件公金支出もまた違法とはいえない。
四 被告の主張に対する原告らの反論
1 地方自治法二五二条の二〇の立法趣旨は、戦前の部落会等の住民組織が部落民の個人生活に様々な干渉をしたことに対する反省から、新憲法の施行に伴い、それら住民組織を廃止し、市町村(指定都市を除く)には地方公共団体の末端組織として従来の区や区長制度を定めず、もって住民個人の自由な意思の尊重を図ることにあるとされている。議会運営の実務上の指針となる議会運営質疑応答集も従来の区長制度のごときものを条例で定めることはできないとして、全国的にも右の指針に沿った運用が行われているが、本件区長制度は、右運営指針にも反している。
2 本件区長制度の目的は、区長設置条例五条において「町政運営上必要な事項について町長に協力」することにあるとされており、また、区長は町長から報酬を支給されて町長に協力する非常勤特別職の公務員とされている。被告は、区長は公務員ではない旨主張するが、報酬条例一条及び同別表第一に区長が特別職非常勤職員(地方公務員法三条三項)であることを明記している事実からしても、被告の右主張は失当である。区長が公務員である以上、区長の職務が公務であることも明らかであり、区長は公務として町政の伝達、調査及び町民の意見、要望等の取りまとめその他町政運営上必要な事項について町長に協力するという行政機能を果たし、その対価として報酬を得ている。つまり、町長は、各区長をして右各事項をなさしめ、各年度には一ないし二度区長合同会議を開催し、町政運営上必要な行政事項(総務、保健福祉、上下水道、建設、農林、地域振興等)を記載した文書を資料として席上配付して、区長の職務(公務)を遂行させていること、後記のとおり、吉永町村おこし推進事業補助金交付規則一条では、区にも交付金を交付して事業の達成を容易ならしめていること、同規則三条では、区が町とは独立した事業主体となって行う事業があることを想定していることなどから、区長が区の機関として補助金交付申請をし、事業を遂行することが予定されていることが窺われる。
これらの事実からすると、区長設置条例上の区は少なくとも町の一つの行政単位として機能していることは明らかであり、この意味において、区長は、独立の行政機欄というべきであり、この限りにおいて統治機能を有しないとはいえない。
3 区長設置条例八条は、本訴提起後の平成八年三月に、区長らに報酬等を支払うことを廃止した。このことは、被告自らが本件区長制度の実体が地方自治法二五二条の二〇第一項に抵触するおそれがあることに気づき、急遽改正したことを推認させるものである。町では長い間区長らに対し報酬を支払うとともに、区長らを特別職非常勤公務員として処遇してきた。なお、右改正後は、町は、吉永町地区活動助成金交付要綱を策定して、区長に対して年額一九万四〇〇〇円、区長代理者に対して年額一三万六〇〇〇円を支給することとしたが、右要綱による支給は条例改正により無報酬となった区長らに対する救済措置であると推認される。
4 吉永町村おこし推進事業補助金交付規則一条、三条は、区が事業主体となる事業に補助金を交付することを目的としており、区長が補助金を請求する際は、区長の名前で補助金交付申請書と同請求書を作成して請求し、補助金は区長に対して支払うことが規定されている。右規則に基づく平成四年度の補助件数は一六件、補助額の合計は八九一万一〇〇〇円、補助対象地区は九地区であり、平成六年一二月二〇日現在では、補助件数は一八件、補助額の合計は八四五万三〇〇〇円、補助対象地区は一一地区である。これらの補助実績から、町においては区を事業主体とした事業があること、区は町財政援助を受けて右事業を推進していること、補助金は区長の請求に基づき区長に支払われていることから、区が町の行政末端組織として事業活動(行政活動)の一部を遂行していることが窺われる。つまり、区は町から公金の配分を受けて、本来は町の行政事務に属する事項を町とは独自に各区において実施している。
5 町の区長や区長代理者ら合計三一名は吉永町区長協議会を組織して、同協議会が主体となって、平成八年二月、町議会解散の直接請求運動を起こし、区長や区長代理者らが右請求署名の受任者として各区の世帯から署名を集めて法定署名数を得て町議会を解散させた。これらの事実から、区長らは、議会が自主解散をしないときは、これを不服として区長ら全員の協力のもとに、各区の世帯から署名を集めて議会を解散させるという政治活動も行い、また議会解散を実現したことがあること、各区の住民らは各区長らから署名を求められると、事実上これを拒絶することが困難となっていることが窺われる。
6 町内の福満、門出、南方、加賀美、笹目の各区では、自主的に予算や決算がなされ、各区独自の活動がなされ、他の区も同様であると推認される。
また、区の地域的(地理的)基礎は区長設置条例上、戦前から存する一四の大字と同一の区域とされている。したがって、各区に居住する住民は当然に各区の構成員となり、当該住民は前記一のとおり区長の公務執行の対象となるのであって、住民にとってこれを左右することは不可能であり、区の地域的改廃(合併等)は住民の自治に属さず条例の変更によるしかない。その結果、町では、戦前の一四の部落がそのまま温存されたままとなっている。
7 かつて、町では、区長と町会議員の兼職者がおり、町長に対する協力と町政に対する批判という矛盾する地位を兼ね、後にその点を指摘されると区長を辞職する例があった。区長には、顔が利く人、部落のボス、役場を退職した人、元校長などがなる例が多い。住民から役場への要望は区長を通してくれと言われ、要望が区の事業計画に入っていないと受け入れてもらえないことが多い。本件区長制度を廃止しても、行政連絡員を置けば困らない。また、区長に反対意見を述べることは実際上容易ではない。
8 区長の選任は、各世帯毎に一個の議決権を有する住民の総意(選挙等の多数決)によるものとされ、各区には名称を異にするが、役員会が置かれ、少なくとも年一回は総会が開催され、総会では当該年度の事業計画を策定し、住民から区費を徴収して金銭出納管理をするとともに、会計係を置いて会計事務を管理させ、また、区独自の財産(区有林、消防自動車、集会所建物、コピー機など)を保有しその管理も行っている。また、住民から選任された区長は公務員であるから、委嘱がない限り区長としての身分は生ぜず、委嘱には町長の任命行為を包含しているものと思われる。これらのことから、各区は、町内会等の任意団体とは異なり、意思決定手続、執行手続、財政手続はかなりの程度整備され、戦後約五〇年間、自治権能や統治権能を果たしてきたことは否定できない。この点に関し、被告の反論の骨子は、区長設置条例上の区は、地方自治法二五二条の二〇第一項で定めた行政区の性質を有しないこと、区長の職務は努力目標にすぎず、戦前の部落会等の住民組織の場合とは異なり地域コミュニティ活動であるというところにあるようであるが、区長設置条例上の区の実体はそのようなものではない。また、被告は、戦前の区と現在の区長設置条例上の区は実体が根本的に変わっており、かつ、区長設置条例上の区は何の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能を有していないというのであるが、前述したとおり決してそのように言い切れるものではない。
9 以上のとおり、区長設置条例上の区は、戦前からあった町内の一四の大字部落と同一の地域的基礎を有していること、地方自治法施行後も戦前と実体を同じくする区制度が温存されたこと、区長設置条例施行後も戦前と同様に各区に区長が置かれたこと、区長は町長に協力する役割を担っていたこと、区長にはその対価として町から報酬等が支払われていたこと、また、その地位は非常勤の特別職公務員とされていたこと、区の推進する事業に町から補助金が区長宛に交付されていること、各区では、町から補助金の交付を受けて独自の事業を推進していること、区長らは区長協議会を組織したうえ、互いに協力してその意に反する町議会の解散請求をするとともに、自ら署名受任者となって各区住民を戸別訪問して署名集めをしたこと、このことは公職選挙法一三六条一の二第一項が禁ずる公務員(区長)がその地位を利用してする選挙運動に当たるおそれが大きいこと、各区住民が署名を拒絶することは容易ではないと推認されること、また、区長には反対意見を述べにくく、町からは住民に対し町に対する要望も区長を通して述べるようにと言われることが多いことなどの事実があり、これらの事実からすると区長設置条例上の区は、町の行政末端組織というべきであって、区長らは公務員としてその職務に従事していたものである。
10 以上の区長設置条例上の区の実体からすると、区長は、実質的には町の末端行政組織の長としての機能を果たしており、公務員として位置付けられ、公務遂行の対価として報酬の支払を受けていたのであるから、この点は憲法九二条及び地方自治法二五二条の二〇第一項に反していると言わざるを得ない。
第三 証拠関係
本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1(当事者)、2(公金支出)の事実は当事者間に争いがない。
二 本件公金支出の違法性の有無について判断する。
1 本件区長制度の実体について
右当事者間に争いがない事実に〔証拠略〕を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 区長設置条例と本件区長制度
区長設置条例は、昭和二九年三月一日に一町二村が合併して現在の吉永町となる以前より制定されていた条例を、合併後引き継いだ形で制定されたものである。
区長設置条例は、「この条例は、吉永町区長等の設置に関し必要な事項を定めることを目的とする。」(一条)、「吉永町は、町政の円滑な運営を推進し、町勢の発展を図るため区長を置く。」(二条一項)、「区長の定数は、次の各区域毎に一名とする。」(二条二項)と規定して、「金谷」以下合計一四の区域に区を設置している。また、同条例四条は、「区長及び区長代理者は、その担当地域から推せんされたものにつき町長がこれを委嘱する。」と規定し、担当地域からの推薦に際しては、選挙ないしこれに類する手続が各区で行われることを想定しているものと考えられ、さらに、同条例五条は、区長及び区長代理者の職務を、「町政の伝達、調査及び町民の意見、要望等の取りまとめその他町政運営上必要な事項について町長に協力し、地域社会の発展に努めるものとする。」と規定している。
(二) 区の名称、範囲
区長設置条例は、区の地域割について特に定めていないが、町の一四の区の範囲は、戦前から存続する町内の部落と同一の大字を基礎とする区域であり、同条例二条所定の「金谷」以下一四の区の名称は、町に戦前から存在した部落の名称をそのまま踏襲している。
(三) 補助金の交付
吉永町村おこし推進事業補助金交付規則(以下「補助金交付規則」という。)一条、三条によれば、区が事業主体となって行う事業に補助金を交付するものとされ、補助金の交付を申請するにあたっては、区長の名前で補助金交付申請書を町長に提出しなければならず、補助金は区長に対して支払われることとされている(六条、添付様式第一号ないし第三号)。
右規則に基づく平成四年度の補助金交付実績は、補助件数は一六件、補助金額合計は八九一万一〇〇〇円、補助対象地区は九地区であり、平成六年度の補助金交付実績は、補助件数は一八件、補助金額合計は八四五万三〇〇〇円、補助対象地区は一一地区である。
補助事業の種類は、各区の集会所空調設備事業、広場の造成事業、残土処分場造成事業、複写機購入事業、花いっぱい促進事業、集会所焼却炉設置事業、飲料水供給施設設備事業、集会所瓦葺替事業、水道ポンプ更新事業、集会所内装便所改修事業等がある。
(四) 区長らの地位及び職務
前示のとおり、区長設置条例五条は、区長及び区長代理者の職務を、「町政の伝達、調査及び町民の意見、要望等の取りまとめその他町政運営上必要な事項について町長に協力し、地域社会の発展に努めるものとする。」と規定し、後記の区長設置条例等の改正に至るまでは、区長らは町長に協力する立場にあり、特別職の職員で非常勤の者の報酬及び費用弁償に関する条例一条及び同別表第一では、非常勤特別職の公務員とされて、同条例に基づいて計算される報酬(平成五年四月一日以降の額は、区長につき年額一八万三〇〇〇円、区長代理者につき年額一二万八〇〇〇円で、それぞれ担当地区内の世帯数に応じた加算がある。)及び費用弁償を支給されていた。
区長らは、町の主催する会議に出席することができる。区長の任務としては、区全体の代表者として総会や評議員会等諸行事の責任者となり、町が施行する工事等について区としての要望を取りまとめ、町主催の区長会へ出席し、区の意見を述べることなどが挙げられ、各年度一、二回、区長合同会議が開催される。
(五) 区長の選任
各地区によって時期が異なるものの、毎年一月から三月にかけて地区総会が開かれ、その場でそれぞれ役員(区長、区長代理者、会計)が選任(推薦)される。区長の選任は、各世帯毎に一個の議決権を有する住民の総意(選挙等の多数決)によるものとされ、会計の下にそれぞれの小字集落から四、五名の評議員が選出され、区全体の役員を構成している。また、それぞれの集落にも当該集落のみの役員として区長、会計、水利委員が選出される。
(六) 区の機関、財政等
各区によっては名称を異にするが役員会が置かれ、少なくとも年一回は総会が開催され、総会では当該年度の事業計画を策定し、各区の住民から区費を徴収して金銭出納管理をするとともに、会計係を置いて会計事務を管理させ、また、区独自の財産(区有林、消防自動車、集会所建物、コピー機など)を保有しその管理も行っている。
区の住民の意思により執行体制が整備され、執行内容は村づくり計画書に記載され、これを基に町の対応と協力を得ながら区が計画した事業を関係条例に依拠しながら実施していくが、その内容は、排水溝の整備や、ゴミ・ステーションの新設、コミュニティハウスの新設、道路の拡幅、舗装改修等地域住民の生活に直結した地域コミュニティ活動の実践の面が強く、町はそれぞれの事業計画上、町に関係したものについてはその都度、町としての対応及び見解を示す。
(七) 区長協議会
合計一四の区の各区長、区長代理者合計三一名は、区長協議会を組織している。町が年一、二回招集する会議体として、区長会があり、区長協議会は、区長会の任意組織で相互に各地区の事例や意見を交換し、また、先進地等の研修を実施している。
区長協議会は、平成八年二月七日、町議会の自主解散請求を決議して、町議会議長に対し、町議会解散を求める決議文を手渡した。しかし、町議会が自主解散請求を容れないため、同年二月二六日、区長代理者一名を含む請求代表者五名が町選挙管理委員会に、町議会の解散請求をし、同年三月から、区長協議会が主体となって、議会解散の直接請求運動を行い、必要な住民の署名を集めて、これを同年三月二四日提出した。右署名の収集に際しては、各区長や区長代理者らが請求受任者となり、その区内の住民の署名を収集した。
(八) 区長設置条例等の改正
町議会は、平成八年三月一一日、区長設置条例を改正し、区長の名称を地区長と改め、「町の地域における、コミュニティ活動を促進し町政の円滑な運営と住民相互の連絡調整をはかり、もって住民の福祉向上に資するため、地区長及び地区長代理を置く。」(二条)としたほか、区長は町長に協力することとなっていたものを「町に協力」することと改め(四条)、さらに、区長及び区長代理者に対する報酬及び費用弁償を支給するとの規定を削除するとともに、特別職の職員で非常勤の者の報酬及び費用弁償に関する条例の別表第一に記載されている職名区長、同区長代理者の項をそれぞれ削除して、区長及び区長代理者に対する報酬を支払わないこととした。
右改正後、吉永町地区活動助成金交付要綱が制定され、同要綱では、区長に対し年額一九万四〇〇〇円、区長代理者に対し年額一三万六〇〇〇円がそれぞれ支給されることになっている。
2 地方自治法二五二条の二〇違反の有無について
地方自治法二五二条の二〇第一項は、「指定都市は、市長の権限に属する事務を分掌させるため、条例で、その区域を分けて区を設け、区の事務所又は必要があると認めるときはその出張所を置くものとする。」と規定し、同条三項では、「区の事務所又はその出張所の長は、事務吏員を以ってこれに充てる。」と規定している。したがって、これらの規定を反対解釈すると、指定都市でない市町村では行政の末端機構として区を設置することは禁止されているものと解される。
昭和一八年の市制町村制改正まではすべての市町村において行政区を設置することが認められていたが、同改正により、行政区に代わって町内会、部落会等が法律上の制度として定められた。しかし、新憲法の施行に伴って昭和二二年五月三日に現行の地方自治法が施行され、沿革的に隣組、町内会及び部落会等の住民組織が大政翼賛会とも緊密な関係を持った戦時機関に端を発しそれらにより戦時中個人生活に対する様々な干渉がなされたことなどに対する反省から、それら住民組織を廃止するとともに、旧来の行政区制度も完全には復活させず、指定都市に限り、大都市における末端行政を円滑に処理する配慮に出て区の設置を認めたものである。
ところで、本件区長制度が、同条に違反するか否かについては、区長設置条例上の区の実体が問題となるので、まずその点について検討する。
【要旨一】(一) 地方自治法二五二条の二〇は、指定都市のうち市長の権限に属する事務を分掌させるために区を設け、その構成内容(事務所位置、所管区域を条例で定めること、選挙管理委員会の設置等)を定めている。すなわち、指定都市の区は、いわゆる行政区の性質を有し、市長の権限に属する事務を分掌させるため区域を分けて区を設け、区長その他の機関を置いている。市長の権限に属する事務の中には、児童福祉に関する事務、伝染病予防に関する事務、都市計画に関する事務等一定の事務を処理し又は管理し、及び執行することができる権能を含む(同法二五二条の一九)ものであり、これは一定の範囲で住民の権利義務を創設し、また、各種自治権というべき権能を含んでいるところ、行政区は、右の市長の権限に属する事務をその処理の便宜上地域的に分担するものであるから、その限りにおいて、一種の統治団体又は権力団体の様相を呈するが、それは、あくまでも市長の権限の執行の一態様にすぎず、独立の権限を行使するものではないのであって、区長は市の事務吏員の中から市長が任命し、区の会計・出納事務も市の事務を補佐するものにすぎない。
(二) これを、区長設置条例上の区についてみるに、前記認定のとおり、区長設置条例上の区は、戦前から存続する部落を基盤とし、部落の住民の自主的な運営による地域団体的な住民組織にその本質があるものと認められる。確かに、区長設置条例五条において区長らの職務として定められた内容には、末端行政の補完作用が認められ、その限りにおいて、区長らが区長設置条例における区長及び区長代理者として町長により委嘱され、報酬及び費用弁償を町から支給され、非常勤の特別職の公務員とされている。しかしながら、区は、自らが事業主体となって、区の総会で策定された事業計画に基づいて、区の住民から徴収した区費を用いて、地域住民のための事業を独自に行うものであり、当該事業の中には、町行政と関連するものもあり、町の見解を求めることとなるものもあれば、町から補助金の交付を受けるものもあるが、これも町ないしは町長の権限を分掌して行うものではなく、あくまでも区独自の事業である。また、区の機関や役員も、区長設置条例で規定される区長及び区長代理者のみならず、区の事業計画の策定、執行、管理の必要に応じて独自に総会の設置や会計役員の選任等がなされており、こうした地域住民の自主的な事業活動にこそその本質があるのであって、区長設置条例は、それら区の活動のうち、町行政と関連する面のみをとらえてこれを制度化したものにすぎない。
右のような区長設置条例上の区の主体性や独自性に鑑みれば、それは指定都市の市長の権限を分掌することを本質とする地方自治法二五二条の二〇所定の区とは、全くその性質を異にするものといわざるを得ない。また、前記認定事実によれば、区自体が何らかの形で権力的強制を伴うような統治権能を備えて部落住民の権利義務を創設しているような側面は何ら認められないから、議会運営質疑応答集の回答で条例による設置が禁じられている旨指摘されている統治機構にあたらないことは明らかである。原告らの主張するように実体的にも手続的にも、区長による町民の意見・要望等の取りまとめについて、区長を通さなければそれらが町に伝達されないといった事実は本件全証拠によっても認められず、その他町民の権利が制約されている事実を認めるに足りる証拠はない。また、区長設置条例上の区については、町内会等の住民組織が戦中の一時期大政翼賛会とも緊密な関係を持った戦時機関としての面があったことが沿革上仮に窺われるとしてもそのこととは政治的にも社会的にも全くその基礎的事情の共通性を欠いており、町内会等の住民組織を法律上の制度としては廃止した趣旨にも何ら反するものではない。
なお、区長協議会が町議会の自主解散請求決議をした点については、区長協議会自体完全な任意団体であるから、それが政治的活動をしたとしても、区長設置条例上の区ないし区長の設置の違法性を基礎づけるものではない。
したがって、区長設置条例上の区ないし区長制度の設置は、法形式上、地方自治法二五二条の二〇によって指定都市が設置する区を同条に反して設置したものでないのはもとより、実質的に見ても、同条一項の立法趣旨に反するものでもない。
3 憲法九二条違反の有無について
【要旨二】 憲法九二条では、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定めると規定されている。右の地方公共団体といい得るためには、「単に法律で地方公共団体として取り扱われているということだけでは足らず、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもっているという社会的基盤が存在し、沿革的にみても、また現実の行政の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能を附与された地域団体であることを必要とするものというべきである。」(最高裁昭和三八年三月二七日大法廷判決刑集一七巻二号一二一頁参照)と解される。
これを本件区長制度についてみるに、右2において認定説示した事実関係に照らし、区長設置条例及び本件区長制度上の区が少なくとも自主立法権を有しないことは明らかであり、したがって、憲法九二条にいう地方公共団体にあたるとは認められないから、本件区長制度を条例で設置したとしても、これをもって憲法九二条に違反するということはできない。
4 よって、区長設置条例上の区の設置及びこれに基づく本件公金支出はいずれも適法である。
三 結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小澤一郎 裁判官 村田斉志 山田真由美)